2014年6月28日土曜日

n o w h e r e

こんにちは。

現在

GarallyAn Asukayamaでの2人展

も7/7(月)までと
いよいよ今週末と、来週で終わりとなります。


展示の準備から始め、
オープニングも終わり
ここへ来てぼくの心境の変化がありました。


正直ずっと
悩んでいました。


この出会いに運命を感じ、
今、自分のやるべきことだろうと
分かっていました。

でも

「表現する」とは何だろう?
「アーティスト」とは何だろうと?
自分はいったいここで何をやっているんだろう?

と

「アート」と「デザイン」
「自己表現」と「ビジネス」


「アート」が「自己表現」ならば
いままで生きてきて、自分のしてきた
ことは自己表現ではなかったのか?

と

頭の中をぐるぐると。

そして、
今のボクの出した答え

アートとは


「生きること」


でした。


この世界で「生きること」
それ自体が「表現」で「愛」なのだと。

「表現する人」すべてが「アーティスト」なのだと。


この答えが正しいかどうかは分からないです。
でもぼくは思いました。


自分を「生きよう」と。


そして

「生きる」ということが、
「生命の存続」ではなく
世界中の全員が「自己の表現」のために「生きる」ことができる
世の中であって欲しいと。


そうアイディアが振ってきた瞬間
自分の1人の人間(アーティスト)としての使命が
見えた気がしました。


自分の生業としている
音楽で空間をデザインする仕事も
どんな仕事も
今回の「作品」の展示も
すべて同じでした。


すなわち

I am...

「ボクはこんな人間です」
「ボクはこう思います」
「ボクはこう生きてます」

と表明することに何も違いはありませんでした。

そして

「あなたは誰ですか?」
「あたは、どう思いますか?」
「あなたは、どんな生き方をしているのですか?」


と

世界と会話をし続けることだと。


今回は、この年齢で
「始めての作家デビューだよ」と言われ
勝手にプレッシャーを感じていました。


しかし、全てはボクの
今まで生きてきたことこの延長であり
これからも生き続けることの「通過点」にすぎないと。


ただ、その「点」を
「どう生きるか」


最後になりますが

今回のぼくのサウンドアートの題名は

[ n o w h e r e ]


といいます。


no where(どこにもいない)にもなり
now here(今、ここにいる)にもなります。

スペースを一つ変えただけで。

自分の立ち位置、状況を変えるだけで
物事の意味は変わってきます。

そして、それは時に「矛盾」となり

その境界線も変わる。
そして、その境界線ですら

誰か決めたのか?
自分で決めたのか?
何が真実なのか?


Where is you?

Who you are?

and

Why do you think so?



Love



by
yasuharu OKOCHI(Haru)





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